署の支払いには応じなくとも、女房や子供への支払いは、必ずまもるであろう。
 しかし一人の女と別れて、新しい別な女と生活したいというような夢は、もう私の念頭に九分九厘存在していない。残る一度に意味を持たせているワケではなく、多少の甘さは存在しているというだけのことだ。
 恋愛などは一時的なもので、何万人の女房を取り換えてみたって、絶対の恋人などというものがある筈のものではない。探してみたい人は探すがいゝが、私にはそんな根気はない。
 私の看病に疲れて枕元にうたたねして、私ではない他の男の名をよんでいる女房の不貞を私は咎める気にはならないのである。咎めるよりも、哀れであり、痛々しいと思うのだ。
 誰しも夢の中で呼びたいような名前の六ツや七ツは持ち合せているだろう。一ツしか持ち合せませんと云って威張る人がいたら、私はそんな人とつきあうことを御免蒙るだけである。
 私は一月の大半は徹夜して起きているが、私の書斎は離れになっているので、私の動静は他の部屋からは分らない。ここへ越してきて、私の書斎へ寝ることを許された時に、女房はこの上もなく嬉しそうであった。そして、私が仕事している机の向うに、毎晩
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