に覚えのあることですから、医者だって例外ではありませんよ。ですが、厳密に云ってはキリがないから、マア、マアという程度で、一応安心しているのですね。あなたの年齢では、もう生涯危険がないものと考えてさしつかえないでしょう」
ここは神経科だから、担当の先生は、もっぱらその方面を念頭に物を言ってらッしゃる。現在マイナスの私は、生存中に病菌が頭を犯すまでには至らないだろう、という意味のようであった。
私もそれを怖れていた。この病院へ入院すると、誰しもそれを怖れるだろう。分裂病や、鬱病には、智能を犯されないが、スピロヘータにやられると、昔日の智能に恢復することができないという。
同じ病棟に、スピロヘータに頭をやられた三十ぐらいの婦人患者がいた。毎日狂って、暴れていたが、暴れるスサマジサにも拘らず、意外に早くポックリ死ぬものだそうで、二三日うちに死ぬだろうと云われながら、生きつづけていた。
どういうわけだか、この患者は、スリッパや草履にウラミを結んでおり、同室の患者たちのスリッパや草履を全部盗みとり、胸にだきしめて、フラフラと便所へ捨てに行く。また、一日に何回かは、廊下に見張って、通る人に、
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