庭前で試合をすることになり、武蔵が書院から降りようとすると、相手はすでに書院の下に控え、殿様の眼前だからやや伏目に頭を下げて坐っている。見ると、相手は棒使いだ。八尺余の八角棒が彼の前におかれていた。
 とっさに武蔵はマトモでは勝味のない敵だと思った。夢想権之助の棒は四尺二寸で円く軽いが、今日の相手のは八尺の八角棒。長短いずれが有利かは立合ってみなければ見当がつかないが、いずれにしてもマトモでは剣はとうてい歯がたたぬ。
 みると相手は隙だらけだ、当り前の話だ。まず向い合って一礼し、しかる後ハチマキをしめハカマの股《もも》ダチをとり、武器をとって相対するのが昔の定法であるから、まして殿様の眼前のことだ、相手はあくまで礼儀専一に、つつましく控えて武蔵との挨拶を待っているだけの構えにすぎない。
 武蔵はまだ階段を降りきらぬうちに、左の長剣をヌッと突きだして相手の顔をついた。礼も交さず突いてでたから相手がおどろいて棒をとろうとすると、武蔵は左右の二刀を一閃、バタバタと敵の左右の腕をうち、次に頭上から長剣をふり下して倒してしまった。この試合は卑劣だという当然の悪評を得た。
 しかしながら、昔の剣
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