封じた文をおいて鼠を放すと、これをくわえて後先を見廻し、チョロチョロと座敷を一廻り二廻り走り廻ったのちに、一人の人の袖口へ文をいれました。また藤兵衛が一文銭を投げだして、
「餅かっておいで」と申しますと、鼠は一文銭をくわえて床の間へ行き、三宝の上へあがって一文銭を置きのこし、餅をくわえて戻ってきました。
鼠が物をひくとは申しますが概ね暗闇で行われることで、誰が見たわけでもありません。しかし、こうして公開公演を見せられては否も応もありようがない。妙庵先生が膝をすすめて、
「御隠居、得心がゆかれましたかな。人の身にひきくらべては思いもよらぬ大きな物または重い物を口にくわえ尾にまいて、鼠というものは思いのほかの遠歩きを致すものだ」
婆さんは不承々々にうなずきましたが、やがてキッと顔をあげ、
「なるほど、これを見れば、鼠も銀包みをひいて母家の棟へ隠さぬものでもないことは分りましたが、そのような盗み心のある鼠を母家の棟に飼っておかれる宿主の責任はそのままでは済まされますまい」
「疑いが晴れたならそれでよろしいではござらぬか」
「とんでもないこと。盗み心のある鼠にこの銀をひかれて一年間ただ遊ば
前へ
次へ
全16ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング