そう」
 使いの者を返して湯をわかし、冷飯を茶漬けにして食事をすませると、伊勢屋へでかけました。
 この伊勢屋では、年に一度、煤はらいの日に風呂をたきます。その日になると、まず檀那寺から祝い物の笹竹を月の数だけ十二本もらってくる。これで煤をはらって、用ずみの竹は屋根の押えに使います。タダの物をさがしだしていろ/\と役に立てるのが伊勢屋源兵衛の寝た間も頭を去らぬ心得で、この煤はらいの当日に一年に一度の風呂をたくにも、五月節句のチマキの皮やお盆に飾った蓮の葉なぞと他の使い道のないものを段々とためておいて、これで焚きます。
 こういう風呂ですから、家族の者だけが身体を洗って捨てるようなことはしません。妙庵先生は自分から薬代を要求しない人ですから患者の方から見つくろって礼物をさしあげる。そこで伊勢屋では一年に一度の風呂をさしあげます。物の効用は無限であって、それを発見した者はタダで無限の効用を利用することができます。
 妙庵先生が伊勢屋へ参りますと、店さきの土間に風呂桶をすえて、源兵衛さんの母親が釜たきをしている。風呂桶は年に一度しか使わないから、ふだんは土蔵にしまっておきます。
「ようこそお
前へ 次へ
全16ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング