く、さる人の申されるには、山伏に祈ってもらうと七日のうちに必ず失せ物がでるとのことに、さっそく山伏を訪ねましたところ……」
 こう云いかけてワッと泣きくずれてしまいました。悲歎の様は一様のものではありません。深いワケがありそうですから、
「それはお気の毒な。して、山伏を訪ねたところ、どういうことになりましたか」
「ハイ。世にこれほど口惜しいことがございましょうか」
 隠居は泪ながらに当時のことを語ってきかせました。

[#5字下げ]お神隠し[#「お神隠し」は中見出し]

 山伏は隠居の話をきき終ると、
「よろしい。それでは祈ってあげるが、まず、これへ来なさい」
 とゴマ壇の前へみちびきました。燈明をともして、フスマをしめきると、昼の光はみなさえぎられて、物音も遠ざかり沈々と深夜がよみがえったようでした。
「さて、御隠居。山伏の祈りは、一祈りに身の毛は三本、身の脂は一滴と申して、おのが寿命をちぢめて祈る。祈りの数を重ねてついに身の毛身の脂が尽きはてたときには、その場にアッと叫び、ちょうど熊野のカラスが血を吐いて死するように、五穴から身の血を吐いて絶命いたす定めでござる。さればバンリバリバリと珠数もみくだき、真言秘密のダラニを声高に唱え、身の毛を逆立てて祈るときには、祈りのかなわぬということはない。祈りかなって七日のうちに失せ物の現われるときには、それ、その御幣がおのずからに動きだし、また燈明がおのずから消滅いたす。それが大願成就の知らせでござる。よろしいか。よッく目をとめて見ておられよ」
 今でも山伏に火渡りの行事がありますが、山伏は火を渡り風をよび雲にのって通行する。病気も治すし、魔物も払う。山伏の法力というものは、昔は諸人に信ぜられ怖れられていたものです。
 易者とちがって、失せ物はこれこれの方角にありますなぞと云うのじゃなくて、法力によって七日のうちに出してみせますと云うのだから、その祈りはすさまじく、身の毛がよだつようです。
 身をふるわせて珠数もみくだき、はては錫杖《しゃくじょう》を突きたてて、悪魔すらもハッタと祈り伏せんばかり。
 荒々しい祈りが静まると、フシギや。おのずからに御幣がコトコトとうごきだし、燈明がチョロチョロとまたたいてパッと消えた。あとは真の闇。大願成就の知らせとは云え、その怖しさと云ったらありません。
「アア有りがたや。末世とは大のイツワリ。神仏はあるものよ。怖しや、有りがたや」
 と隠居は財布のヒモをほどいて、定めのお初穂《はつほ》百二十文《もん》敬々《うやうや》しく差上げて立ち帰りました。ところが待てど暮らせど失せ物は現れません。七日はおろか、ついに一周忌がくるというのに、現われなかったのです。

[#5字下げ]損の上の損[#「損の上の損」は中見出し]

 妙庵先生、下情《かじょう》に通じているばかりでなく、一通りは古典にも通じ、またオランダ渡りの鑑識にも通じております。話をきいて打ち笑い、
「盗人に追い銭とはそのこと。さては山伏にはかられましたな」
「いいえ。自然に御幣がうごき御燈明が消えたフシギはウソではありません」
「それはゴマ壇にカラクリがあるのです。ちかごろ仕掛け山伏と申してな。ゴマ壇にカラクリを仕掛けてフシギを見せて金をとる悪い奴がでているのですよ。松田|播磨掾《はりまのじょう》のカラクリ人形を御存知ないかな。白紙の人形が人手をふれずに土佐踊りをするのですが、仕掛け山伏はこのカラクリを応用いたしておる。御幣をたてた壺の中に生きたドジョウが入れてあるのです。錫杖で壇を打つからドジョウが驚いて騒ぎます。そこで御幣がうごく。山伏は錫杖で壇を打ったでしょうが」
「打ちましたが、それで御燈明が消えたわけではございません」
「それはな。燈明の台には砂時計の仕掛けがほどこしてある。小さな孔があって、定まった時間に定まった油の量がタラリタラリと自然に抜かれるようになっています。どれだけの時間で油の全部が抜かれてしまうかということは、時計の仕掛けだからチャンと定まっていて狂いがない。山伏はその時間を知っているから、油の尽きる直前にちょうど祈り終るようにするのです。思いだしてごらん。山伏は燈明をともす前に、まず燈明の台をなんとなくいじくっていたでしょうが」
 これをきくと隠居の血相は変って、たちまち血の気はスッと落ちて、フラフラとひきつけそうになりました。
「それじゃア、あの百二十文も、かたり取られたのですか」
 ギャアッという大音がして、隠居の五穴から泪があふれました。身をふりしぼって、泣きわめき、
「この年になるまで一文の金も落さず暮してきましたのに、今年になって損の上に損を重ねてしまいましたか。私としたことが、妹にもらった銀《かね》包みをただ身につけてそッとしまっておけば何事もなかったのに、神ダナ
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