、一ツお力添えを願いたい」
「それはお易いこと、さッそく御隠居をなだめて差しあげましょう」
 藤兵衛は気軽に引き受けて飼い馴した鼠をつれて来てくれました。

[#5字下げ]恋の文づかい[#「恋の文づかい」は中見出し]

 大晦日ですから人通りは絶えませんが、おいおい夜もふけております。ようやく伊勢屋へ戻ってみますと、煤はらいもすみ、お風呂も落して正月を待つばかりですが、思いをかけた銀包みがせっかく現れても、頭の黒い鼠どもと同居では隠居はとても寝つかれませんし、あらぬ疑いをかけられた一同は気持よく正月も迎えられません。そこへ藤兵衛が博士の鼠をつれて来てくれたから、蘇生の思いを致しました。
「一同はこッちの隅にかたまって、勝手なお喋りなぞしちゃいけない。学のある鼠サマだから癇癖が強いかも知れないよ。婆さんをよんでおいで」
 一同そろったところで、藤兵衛が鼠をカゴから出しまして芸づくしをやります。
「東西、東西。ここもと御覧に入れまするは恋の文づかい。とつおいつ恋の闇路は思案にくれたる若衆の思いのたけをしたためましたる手紙をくわえて恋の文づかい、首尾よく演じましたるときは御手拍子御カッサイ」封じた文をおいて鼠を放すと、これをくわえて後先を見廻し、チョロチョロと座敷を一廻り二廻り走り廻ったのちに、一人の人の袖口へ文をいれました。また藤兵衛が一文銭を投げだして、
「餅かっておいで」と申しますと、鼠は一文銭をくわえて床の間へ行き、三宝の上へあがって一文銭を置きのこし、餅をくわえて戻ってきました。
 鼠が物をひくとは申しますが概ね暗闇で行われることで、誰が見たわけでもありません。しかし、こうして公開公演を見せられては否も応もありようがない。妙庵先生が膝をすすめて、
「御隠居、得心がゆかれましたかな。人の身にひきくらべては思いもよらぬ大きな物または重い物を口にくわえ尾にまいて、鼠というものは思いのほかの遠歩きを致すものだ」
 婆さんは不承々々にうなずきましたが、やがてキッと顔をあげ、
「なるほど、これを見れば、鼠も銀包みをひいて母家の棟へ隠さぬものでもないことは分りましたが、そのような盗み心のある鼠を母家の棟に飼っておかれる宿主の責任はそのままでは済まされますまい」
「疑いが晴れたならそれでよろしいではござらぬか」
「とんでもないこと。盗み心のある鼠にこの銀をひかれて一年間ただ遊ば
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