した。やっぱり大学生になめられているのが口惜しかったせいだろう。けれども、パンパンなどは思いもよらず、いつも街頭で見かけている只今営業中という札のかゝった戸口をくゞってみたい、という、精一パイの希いであった。
そして、覚悟をかためて、でかけた。なみなみならぬ覚悟であった筈である。そして、その結果は、すでに述べた通りであった。
★
その日、中華料理店をでゝ、家へ戻ると、先生はカゼをひいて、ねついてしまった。高熱であった。
熱がたかまると、先生は口走った。
「パンパンを、なぐらせろ、パンパンを、なぐらせろ。パンパンをなぐれ。パンパンをなぐれ」
どういうわけだか、先生も、よく分らない。とりとめもなく、恐怖の影絵が走るばかりで、その映像の実体が、自分にも分らぬのである。喚くうちに、先生の気持は勇みたたずに、悲しくなり、切なさにたまらなくなるのであった。
「なぐってくれ! オレを。オレをなぐれ。オレをなぐれ。イタイ、イタイ、イタイヨ。ヒドイヨ」
先生がながらく学校を休んでいるので、大学生が心配して見舞いにきた。
医者にかゝらぬから分らぬけれども、先生はもう肺炎になっているのかも知れなかった。
学生達は先生のウワゴトをきいて、相談した。
「先生は安パンパンを買って、カゼをひいたんだぜ。あいつら、野天でやるからな。衛生にわるいよ」
「もう先生は死ぬらしいな」
と、一人がつぶやいた。三人はソッと目を見合せた。
一人が大人ぶった顔をして、落着いて言った。
「じゃア、うちのパンパンをつれてきてやるさ。パンパンの罪だからな。どのパンパンでも、おんなじだい。先生にあやまらせるんだ。なぐる、と云ったら、なぐらせてもいいじゃないか。思いをとげる、ということは、大切なんだ。オレは何かで読んだことがあるよ。とても大切なことなんだ。だから、我々は――」
「ウン、もう、わかった」
一人がいそいでうなずいて、頭をガリガリかきだした。彼は頭で物を考え出すよりもフケをかきだす方がいゝと考えているような様子であった。
彼らは、まもなく、二人パンパンをつれて引返してきた。パンパンは二人とも十八ぐらいの年ごろらしかった。病人の枕元へ坐ると、大学生の一人が小さな声で、然し、きびしく注意を与えた。
「いいかい。病人にさからっちゃ、ダメだぜ、もう、死ぬんだからな。思いを、とげさせてやるんだよ。大切なことだからな」
そして、先生の枕元へ首をさしのばして、
「先生、々々」
とよんだが、先生は目をつぶったまゝ、クルクル目の皮をうごかして、うるさそうなソブリを示したばかりであった。
「先生、々々」
ひときわ高く呼びかけると先生はうるさがってフトンをかぶったが、
「フン、バカにするな。オレが何もできないと思うか」
いらだゝしく呟いたが、すると彼の想念が逆上的に混乱しはじめた様子であった。
「オレの手がふるえたと思うか」
その次には、にわかに殺気だっていた。
「ウソダ! ダマレ! なぐれ! なぐれ! パンパンをなぐれ! なぐり殺せ!」
すると叫びは、急に切なく調子が変るのであった。
「なぐってくれ! オレを! オレをなぐれ! オレをなぐれ! イタイヨ、イタイヨ、ヒドイヨ。ヒイ、ヒイ」
もうイタマシサに我慢のできなくなった学生の一人が、先生のフトンをはがして、
「先生、いますよ。パンパンをなぐって下さい。パンパンの罪ですよ。パンパンは先生にあやまりたいと言っていますよ」
先生のマブタはビクッとうごいて目をあいた。
「先生、わかりますか。先生にあやまるためにパンパンがきています。先生の御所望ならば、なぐられてもいゝと云っていますよ」
先生は再びビックリしたらしく、パンパンをさがして見廻した。元々先生はひどい近視で、おまけにメガネをかけていないせいもあってハッキリしたパンパンの像をとらえることができないようであった。
不幸なことがおこった。学生たちには分らなかったが、先生はパンパンを逃げた奥さんに思い違えたに相違ない。先生は手をさしのばして、虚空をさがした。苛々《いらいら》した顔は次第に悲しく沈んだ。
「オノレ、やっぱり、パンパンか」
先生の呻きは、沈痛であった。
学生は益々見るに堪えかねて、ソワソワした。
「先生、パンパンは、あやまりに来ました。そうです。パンパンの罪ですよ。思いをとげて下さい。それは大切なことだと思います」
そして、学生はパンパンに、うながした。一人のパンパンは尻ごみの代わりにもはや堪らなくなって、ゲタゲタ笑い出した。
一人のパンパンも仕方なしに笑いだしたが、彼女は気立てがよかったから、急に思いきった顔をつくると、気の毒な病人の枕元へにじりよって、病人の手をにぎり、顔をよせて、さゝやいた。
「私が悪かった
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