の学生は、殴られた学生ではなかった。
 先生の留守に、自分の持ち物を運びだす。数日かゝって、自分のものをみんな運んでから、先生のところへ挨拶にきて、
「私なんか、居ない方が、あなたの身のためよ。なまじ私みたいな女がいるから、あなたはカイ性なしの敗残者なのよ。立派な人になって下さいね。ハイ、さよなら」
 と、云って、行ってしまった。
 殴られた学生は、その後も、遊びに来た。彼らは、お人好しのウスバカであった。
「見ちゃ、いられないよ、なア、毎日、ベタベタしてるんだもの、ひどいよ」
 と云って、アキ子と男のことを噂をしたり、大人みたいに首をかしげて、
「奥さんに家出されて、ユーウツなんて、僕たち、大人の気持は分らないなア。僕たちは、恋愛しないから、子供なのかな。然し、恋愛したいと思いませんねエ。だけど、素敵な美人と友達になりたいですね」
「恋愛と友達と違うのかい?」
「エヘ」
 はずかしそうに笑う。そして、
「然し、わからないな。先生の奥さんそれほど美人じゃないと思うけど、新しく探した方が賢明だなア。もっと、ましな女が、いくらだっていらア。なア、ホラ」
 彼らは先生に同情などしないのである。然し、アキ子とその相手を羨んでいるわけでもない。つきとめてみると、要するに、なんでもないだけのことらしい。そして
「ネエ、先生。僕のところへ遊びにいらっしゃいよ。僕、パンパンと同棲していますよ。よく稼ぎますね」
「パンパンに食べさして貰っているの?」
「ちがいますよ。可哀そうだから、部屋をかしてやってるのです。三人いますよ」
「三人とも、君のいゝ人かい」
「アレ、変だなア。先生、僕たち、そんなこと、考えていないですよ。先生は大人なんだな。僕、はずかしいや」
 先生の方が、はずかしくなって、顔をあからめた。先生はふと、アキ子が、そんなふうだといゝがと考えたからだ。
 先生はパンパンと遊ぶなどゝいうことは、考えられないタチであった。助平でないわけではなく、インフレ景気に対しては無能力だと思っており、インフレの特産物と自分とを並べて眺めるだけの気持のユトリがなかったからだ。
 裏口営業も知らないのである。裏口でたった一杯のカストリも知らず、ピースを買ったこともない。最下級のインフレ景気にもツキアイのない自分だから、パンパンなどは雲上人で、とても拝謁の望みはない。
 けれども先生はムホンを起
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