中の家の姿を思ひだす。そのくせ、どうして、かう暗い家なのだらう。
この部屋には青いジュウタンがしきつめてあつた。これは芥川全集の表紙に用ひた青い布、私の記憶に誤りがなければ、あの布の余りをジュウタンにつくつたもので、だから死んだあるじの生前にはなかつた物のやうである。陰鬱なジュウタンだつた。いつも陽が当つてゐたが。
大きな寝台があつた。葛巻は夜ごとにカルモチンをのんでこの寝台にねむるのだが、普通量ではきかないので莫大な量をのみ、その不健康は顔の皮膚を黄濁させ、小皺がいつぱいしみついてゐる。
この部屋では、芥川龍之介がガス栓をくはへて死の直前に発見されたこともあつたさうで、そのガス栓は床の間の違ひ棚の下だかに、まだ、あつた。
この部屋で私は幾夜徹夜したか知れない。集つた原稿だけで本をだすのは不満だから、何か飜訳して、と葛巻が言ふ。だから、こゝで徹夜したのは大概飜訳のためであつたが、私は飜訳は嫌ひなのだが、ぢやあ小説書いて、とくる。私は当時はさう気軽に小説は書けないたちで、なぜなら、本当に書くべきもの、書かねばならぬ言葉がなかつたから。私は一夜に三四十枚飜訳した。辞書をひかずに、分
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