み、独特の百姓剣法がここにその性格を定めたのである。又七郎が天流斎の頭をわったというビワの木刀が今も樋口家にあるが、ひどく軽くて、短い。宮本武蔵が重い木で五尺にちかい木刀を振りまわしたのに比べて、全くアベコベの木刀だ。近年、門弟の一人が振り廻して遊んでいるうちに石に当って折れてしまった。
「惜しいことをしたなア。若い者はノンキな奴ばかりで」
 と四天王の老人が笑いながら折れた木刀を見せてくれたのであるが、別に惜しそうな顔ではない。むしろノンキな若い者を慈しんでいる笑顔であった。

     類型絶無の剣法

 立川文庫によると、野良から上ってきた百姓が棒キレを探してヘッピリ腰で身構えるので、この土百姓めと武者修業がプッとふきだしてただ一打ちにと打ってかかるとヒラリと体をかわされ、のめるところを打たれて肥ダメへ落ちてしまう。百姓剣法とはいえ、ヘッピリ腰の構えなんてあるはずがないと考えていたが、事実がまさにそうだから、おどろいてしまった。
 これを馬庭念流で「無構え」という。他流の構えと雲泥の差がありすぎる。これを説明するには写真を眺めていただく以外に手がないのである。
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