不案内だからコンランは益々コンランを重ねるし、そのコンランの時間は甚しく長く、私の場合約五ヶ年かかったな。
 何度恋愛しても、一時的にコンランし、夜もねむれないほどの苦痛になやむのは、たしかに同じことだけれども、だんだん時間的に短くなり、一ヶ月、一週間、三四日と、ひどくちぢまるものだ。もう、こうなると、恋愛即浮気で、ほとんど、とるに足るものではなくなってしまう。
 ただ我身をかえりみて云えることは、いつまでも浮気ッぽい癖だけはどうにもならないだろうと云うことだ。意識的にそうである一面もある。すべては、ひどく、メンドウだ。けれども敢てメンドウを辞さないようなムリな一面もたしかにあるが、それは商売上の慾念や、商売意識からのものだろう。まるで商売熱心にかこつけるようだが、そういう言いわけの意味はミジンもなく、第一が天性浮気ッぽい性、第二が時にひどくメンドウくさくて敢て辞さないようなことがあるのは商売意識のせいもある、というだけのことです。
 云いかえれば人生はひどく退屈だし、浮気なんて特に退屈千万で、いわばムリして女にサービスするようなバカらしい空虚な時間であるが、何が一番ハリアイがあるかというと、とにかく商売だけだ、ということだけはハッキリ云えます。

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 死刑囚の閑日月と云うような妙テコリンの写真から、とにかく、こういう判断を下した桜井さんは、相当健康で合理的な判断力がある方で、神がかりや邪教的な要素が少い文化易者と見立てることができよう。
 文春記者の語るところによると(今きいたのだが)桜井さんは本人に会って声をきくと判断し易いと云って、写真だけではうまく出来ない理由としたそうだ。
 声をきいてみたい、というのは、たしかにその通りだろうと思う。私も声や声によって現される言葉には、その人間が現在位置している場所、つまり、職業とか身分地位というようなものを綜合的によく具現しているに相違ないからである。声にはその人間の確信も信念もこもるものだし、その声を分類し、声の裏にかくされたものや、言葉の意味が彼の心からどの程度の軽重さで発せられたかも分るものだし、それは私たちだって、桜井さんと同じように相手の声を読むものです。
 若い青年の議論が、どの程度彼の身についたものかは、声で一番よく分るものです。どの程度の信念か、それも分る。まア、私たちには私たちだ
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