てルル説明したという常軌を逸したかのような挙止のみをとりあげてトヤカク云うのは甚しく当りません。常軌を逸したところでやむを得んじゃないか。そんな執るにも足らぬ一場の挙動の如きよりも、彼が思索を重ねて後に施したこの処置と、その裏にアリアリと汲みとることのできる悲痛にしてケナゲな心事を思い至れば、すでに足りる。これに同感の涙を知らぬヤカラは、いまだ人間の苦悩について真に思い至らぬ青二才だよ。イヤ、失礼。苦悩など知らぬ方がいいかも知れません。苦悩を知らぬ青二才でたのしく一生を送れる方がたしかに幸せですよ。スミマセン。
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華頂氏が離婚届をだしたところまでは、実に尋常で、立派であった。
それに対して、華子夫人の兄、閑院春仁氏がすすんで手記を発表した。そこからフンキュウがはじまるのである。
閑院氏は手記によって「長年暮した平和な夫婦が単に性格の相違によって離婚することがありうるだろうか。その裏には怪人物がいる」ことを明にして、離婚の原因が妹のスキャンダルによることを恐れる風もなく発表したのである。
それはたしかにただ外見から見た感じでは「恐れる風もなく」と解せざるを得ないような奇怪なものであった。しかし元宮様だって決して違う人間である筈はない。こういうことを恐れげもなくやれる人間というものは、天性的な策士は別として、常人の為しあたうところではない。しからば閑院氏は天性的な策士かというと、そうではない。これを発表して彼を利するものは何一ツ見出されないし、彼の言行を見れば彼自身の利益のためにこの手記を発表したものとは見ることができないのである。彼は彼なりにこうせざるを得なかった理由があったに相違ない。
閑院氏の手記やその後の一問一答を見れば分るけれども、彼の真意はなんとかして妹を元のサヤへ戻したいのである。けれども、華頂氏の決意は断乎たるものであるし、妹の態度はアイマイで、いまだに目がさめない。(これは閑院氏の側から妹を見ての話)。しかもこのままに放置すれば、性格の相違という当らず障らずの理由で離婚は世間的にも承認せられて永遠のもの、とり返しのつかぬものとなりそうだ。さればとて二人の当事者たちは一人は決意断乎たり、一人は態度アイマイで、当事者やその近親の話合いではとても解決の方法がないと思い至り、思い悩んだあげく、非常の手段として世間に公表し、世
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