間の力、ヨロンの力にすがっても、一応妹が元のサヤへおさまるように試みずにいられなかった、そういう苦悩の跡を汲みとることができる。
閑院氏も、さすが宮様だけの静かさと良識を示し、記者に向って結語して曰く、
「華頂氏の心のやわらぎを待って元の巣に帰したい。第二案は今後独身で暮すこと。第三は適当な人との結婚。第四案は、どうしてもという気持なら戸田氏との結婚」
こう語っている。
しかし、第一案と第二案以下とは質の本来違うもの。第一案がダメなら、というのが前提せられての余儀ない案にすぎず、第一案に対してのみ彼の熱望の大半が捧げられていることは申すまでもあるまい。
元の巣に帰したいという熱望こそは彼の至上の願いなのだが、いかんせん、その施すべき処置に窮し、他に策が思い至らず、ついに新聞に手記を公表したものと察せられる。
元の宮様であるゆえ新聞がとびつくことを承知で利用したと解するのは、いささかならず酷である。他に適当な方法を知らない彼が、思いきって新聞を利用した勇気と、その勇気の裏にこもっている妹の身を思えばこその一念を見てやるべきである。
宮様は露出狂、隠すことを知らぬ。風呂にはいっても隠すべきところを隠さぬ、などと誰かが書いていたが、そんなバカなことがあるものか。人間の本性に変りがあるものですか。風呂の中で隠すものを隠さぬぐらい、なんでもない話じゃないか。そんなことと、一家一門のスキャンダルをあばくこととが同じような軽い気持で行われる道理があるものですか。恐らく彼らは一門の上に天皇をいただき、他の誰よりも一門の名誉を損ずることを怖れつつしむよう躾けられ育てられているに極っている。我々にとってこそ天皇もタダの人間だが、彼らにとって天皇はやっぱり神にちかい敬意なくして有り得ない存在に相違なく、そのように一族一門を神の座により近いものと感じがちの彼らが、人一倍一門一族の名誉を考え自分の名誉を考えるように育てられ習慣づけられていることは明らかなことだ。
記者との一問一答を読めば、彼が甚だ良識ある人物であることは諾《うなず》けるのだが、世上の他の良識ある人間は、このような時、新聞にスキャンダルを公表し一門の名誉を損じても、妹の身のためを計るようなことはしないであろう。他に適当な、そして穏当な方法を探すであろう。
しかしながら、同じだけの良識ある人々の他の全ての者がそれ
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