に、先生によって救われ安定を得た賤の女として、しかも古の殿様との同席にも堪えうるような利巧者になりきって見せ、満足の様子もして見せなければならぬ。こういう生活の負担がどんなにやりきれないものか、先生には全然お分りにならないのだから、助からない。
 むろん菊乃さんには先生の愛情の一途なのはよく分っていたし、その限りに於て、実に甚しく感謝もし、先生に対する並ならぬ敬愛もいだいていたろうと思いますよ。その敬愛が死に至るまで一貫していたことは、第一に、その自殺自体が証明しています。音もなく、声もなく、まるで影が死ぬように、菊乃さんはさりげなく死んだではありませんか。
 そのさりげなさは一に先生に対する敬愛の深さ高さの然らしむるところであったでしょう。しかし、死なねばならぬようにさせたのも、やはり先生でしたね。菊乃さんに対する先生の愛情の一途さや無邪気さは万人に認められるものであるが、その無邪気さに傷けられてイケニエとなっている菊乃さんの切なさは誰にも分ってもらえない。王様をめぐる雰囲気の無邪気さは、その蔭にかくされた誰にも知られぬイケニエが自分ひとりだということを圧倒的に菊乃さんに感じさせたと
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