の雰囲気になんの実力もなく、頼りないことを身にしみて知っていたであろう。
この王国は王様が死ねばもはやどこにも存在しなくなるものである。文士や編輯者の間には文士の女房について「亭主に先立つ果報者」という金言がある由である。つまり、亭主たる文士が生きていて盛業中に死んだ女房は、恐らく亭主たる文士の死よりも盛大な参会者弔問客にみたされ、キモの小さい人間どもをちぢみあがらせるぐらい大葬儀の栄をうけるであろう、という意の由である。果して然りや、真偽の程はうけあわないが、それほどではないにしてもとにかく王様が生きてるうちはそんなものだ。しかしこの金言の真意はむしろそのアベコベを云うのであろう。王様が死んだあとの女房は全然誰も寄りつかず、寄りつくとすれば何か目的のためであり、むろん葬式なんぞに誰も来てくれやしない。そういう意味を云っているのであろう。
塩谷先生がこういう金言を身にしみて考えられるようだと菊乃さんも死ぬ必要はなかったであろう。
ところが、先生はあまりにも無邪気すぎますよ。門下生たちの集りの、自分が生みの親であるが、菊乃さんが育ての親で、一同にしたわれていたなぞと、タワイもないこ
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