たのだ。と仰有《おっしゃ》るかも知れないが、私はそうではないと思う。
 先生の愛し方は独裁者の愛し方ですよ。たとえば軍人が、軍人精神によって、一人の兵隊をよき兵隊として愛す。ところがこの兵隊はよき軍人的であるために己れを偽って隊長の好みに合せている。その好みに合せることは良き軍人ということにはかのうが、決してよき人間ということにはかなわない。彼自身が欲することは良き人間でありたいということで、良き軍人ということではなかったのだが、この社会では軍人絶対であるから、どうにもならない。独裁者の意のままの人形になってみせなければ生きられないのである。
 それと同じようなものが、先生の場合である。週刊朝日の「宿命」という先生の手記には、人形でない人間には堪らないと思われることが書いてあります。
 先生は菊乃さんが芸者であったということに大そうイタワリをよせていますが。
「私が現職(註、大学教授のこと)であり晩香(註、菊乃さんのこと)が花柳界に籍を置くならば、名教の罪人でもあろうが、私は既に教壇を退き晩香も一旦人の正妻となり離婚後であった」
 とある。すぐその後につづけて「いつまでも元芸者が附きま
前へ 次へ
全28ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング