距離は分りませんけれども、これを持参の袋に詰めかえて被害者宅へ運んできたら深夜の二時になったとしてもフシギではなく、それで話の筋は通っているのではないでしょうか。だいたい浮浪者で窃盗常習者の両名と、そういう人間と承知で取引きしているヤミ屋との取引ですから、普通人の常識や生活に当てはめて訪問の時間が妙だというのは、むしろ彼らの生活の真相を見あやまるばかりで、彼らの供述が世間の常識に反していても彼らの特殊な流儀に於てツジツマが合っていた方が、むしろ嘘がなくてホンモノの供述であるらしいという考え方も成り立つだろうと思います。
最高裁へ上告に当って彼らがもらしたという四ツの不備のうち、二と三の不備は、自分らが強いられて行った自白のような方法で被害者を殺したとすれば、現場の様子が事実とちがっている筈である。彼らはこう云って相当に重大と見られる反証をあげております。即ち、二人が被害者を訪問したときは泥足のままであるから、もしも自供の如くに室内へあがって彼を殺したのが事実なら、タタミの上に泥の足跡がなければならぬ筈である。ところが自分たちは土間で被害者がすでに屍体となっているのを発見して室内へあがらずに逃げだしたから、タタミに足跡がなかった筈である。また、ねている爺さんの頭をナタできりつけ、苦悶して土間へ倒れてのちに大内が後から抱くようにしてクビをしめて殺したと自供したのが事実なら、大内の着衣に血がついていなければならぬ筈である。自分らが犯人であれば以上二ツの自供と食い違うものが生じている筈であると述べています。
犯行後、小林が四日すぎて捕われ、大内は七日目に捕われた。血のついた着衣の始末をするには充分な時間があったわけだが、着衣に血痕の有無とか、血のついた着衣の処分とかは当然逮捕直後に訊問して証拠かためがあるべきで、容疑者から調査の依頼がなくとも一審の判決前にケリがついており、その調書があるべきであろう。
タタミの足跡も同断で、現場検視のソモソモの時から足跡の有無や、足跡があった場合にはその特徴等について足型もとっておくなど、誰に頼まれなくとも調査が行きとどいていなければならないでしょうが、その行き届いた調査があったかどうかは不明です。しかし、彼らがその晩たしかに泥足であったことは何によって証明するか。足跡を自ら拭き消してから退散したこともありうる。それは彼らが今日に至っ
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