ところが、この投書の場合には、物質的に解決する手段がないですよ。父と息子のケンカは財産があることによって起ったような一面もあるかも知れませんが、投書の場合はアベコベに無一物であることから事が発しておって無一物であるために、論理的にも物質的にも両者を納得させる解決ができそうもない。したがって、誰が調停したって、結論は二ツしかない。夫が妻をあきらめて別れるか、妻が夫のもとへ戻って夫が生計を支える働きにつくか。
 ところが、この夫の手記によると、妻の不貞を制裁できない民主国なら一家心中ムリ心中も辞せんと云うし、一方二人の仲にヒビができて不貞という観念が夫の念頭にからみついてしまったのに、芸者をやめて戻ってきた妻が夫に隷属する生活に堪えうるかどうか。この手記によって判断しても、まったくこの夫にかかっては妻は隷属ですからね。
 法律で妻の不貞が制裁できないから、一家心中ムリ心中を考えるという、こういう性質の男は、たいがいの女房に逃げられる性質の男だろうと思いますよ。彼の思想や感情の上で、女房は奴隷にすぎないもの。奴隷は飼われているのだから、飼う能力がなくなれば主人から離れたり逃げるのは仕方がない
前へ 次へ
全25ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング