し、他人が危急に瀕しているような際に、わが身を忘れてとびこむようなことも、よくあるものだ。泳げないくせに人を助けに飛びこんで自分の方が溺れて死んだというようなのはよくあるね。これも、やっぱり逆上だ。ずいぶんたくさん人がいたのだから、三人や五人、こっちの方の逆上をやる人間がいても良かろうじゃないか。こっちの方の逆上をやった人間が完璧に一人もいないね。運転手に至っては、焼けていない電車のドアをあけることによって、ドアをあけるという責任を果していらア。ひどい間に合せ方があるものだよ。運わるくデクノボーどもが揃っていたのだね。すぐ近くたくさん人がいたのだから、犠牲者を三分の一ぐらいに減らす処置はできたろうに、そういう気転や善意が完璧に片鱗だにも見られなかったという奇怪さ。何より助からないのはこの奇怪さだね。なんとも救いがない。人間らしい頭脳のハタラキや、善意や、あたりまえの常識や、そういう平凡なちょッとした人間らしいものが、完璧にないじゃないか。戦争中の敵味方にだって、心の通じあうような出来事がチョイチョイあるものだが、この事件には、いささかも救いがない。一方、加賀山総裁は事件の報告をうけると
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