きて食事したり先生と対談したりしていましたが、覚醒して後は、それが全然記憶にないのですね。アミタール面接というのは治療じゃないから、こんなに長期に持続して眠らせるわけではないでしょうが、眠らせて対話するのは同じことでしょう。人間は催眠薬でねむりつつ、ふだんと同じように対話したり、多少の生活をしたりできるものですよ。そして目がさめると、それを記憶していないものです。私は目がさめて、たった一日ねむったと思ったら、新聞の日附が一ヶ月ちがっているので、だまされていると思った。もっとも、病院へ入院し、ねむる療法をするということを知らされていたので、やがて納得はできました。それ以前に、アドルム中毒の時にはそうとは知らないから、たった二三時間ウトウトしたつもりで目をさますと、三日も五日もねているのです。私はそれが信用できなくて、新聞の日附も郵便の日附もニセモノで、みんな人々が共謀して新聞偽造の手数をいとわず私をたぶらかしているのだと思いこんでいました。また、ねむりつつある時には夢の中でいろいろの行動をしていました。非常に現実的な行動をしています。それが夢だということが目がさめても分らない。どうしても
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