が一人の病人を診察するにも長い観察や実験が必要でしょう。まして私は医者ではないから医学的なことは云えない。文学者として人間的に取扱うのがタテマエであるから、どうも、こまったね。編輯者曰く、お前さんも斯界の古老であるから(というのは病気を診察した古老じゃなくて診察された古老だということさ)経験を生かして、大いに語るべきウンチクがあるでしょう。キタンなく談じていただきたく存じます。ハハハハ。空虚な笑いだね。つまりはこの編輯者はキチガイなのさ。自分の不安をまぎらすために私をからかうという典型的な分裂状態にいるのだね。いまに入院するよ。そう遠くない。
 さて、この山口さんのようなのを逆行性健忘症というのだそうだが、普通は頭を強打するというような外部からのショックでなるものだそうだ。山口さんのは神経的、もしくはヒステリー的とでもいうのかね。心因性と手記にあるね。「遁走」などと云ってる学派もあるようだ。現実をのがれ、忘却の中へ遁走したいような願望は誰の心にもあるはずだ。人間は悲しいものさ。
 公衆電話の中で意識がかすんだそうだ。最近の某夕刊紙に別の婦人患者の例がでていたが、この婦人は路上でメガネを紛失したと思い探しているうちににわかに記憶がうすれた、という。この婦人は山口さんの場合とちがって、電気ショック療法で治った後に、記憶を失った当時の状態を思いだしているようだ。いろいろ様々なんだね。
 普通の人のたぶん健全な状態においても、瞬間的な健忘状態は時に経験する筈だと私は思うが、どうでしょうか。たとえば便所から立上った瞬間とか、出た瞬間とか、あるいは便所の中に於て、とか。また、単に自分の部屋を立上り、戸をあけて出た瞬間に、部屋を出た目的を忘れて、何秒間か思いだせなかったというような場合がありはしないだろうか。私にはそういう経験はシバシバある。家人を呼びたてておいて、家人が何御用ですか、と現われた時に、用向きがにわかに思い出せなくなっているというような瞬間もある。
 山口さんが公衆電話の中で何かしているうちに意識を失った、というのや、婦人患者がメガネを紛失したようだとポケットかハンドバックかなんか探しているうちに意識がかすんだ、というのは、その発端に於ては、我々の日常において経験する平凡な健忘状態とほぼ(否、まったく)同様で、ただそれが長時間にわたってさめないこと、さめずに別人の生
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