質的な好戦論者ではないのである。戦争のむごたらしさもだいぶ肌ざわりが遠のいたが身にしみてもいる。
 しかし、農村はそうではないね。彼らが身にしみて知っているのは戦争中の好景気だけで、戦争の酸鼻の相は彼らとは無関係なものだった。空襲警報もどこ吹く風、バクゲキなどはわが身の知ったことではない。
 したがって彼らが戦後の諸事諸相を咒《のろ》い戦時の遺制に最大の愛着をもつのは当然の話であろう。特に天皇制こそは彼らにとって至上のものであろう。戦争がはじまるまでは、農村にも相当の天皇蔑視派がいたものだ。彼らには都会や都会に附属するらしく見える一切の権威に反抗し否定する気風があったからである。
 しかし、今はそうではない。彼らは戦争によって天皇を発見し、天皇制が都会のものではなく自分たちのものであることを発見したのである。天皇が彼らにとって至上のものになったのは、むしろ戦争以来のことだ。
 しかし農村にも世界観の片鱗ぐらいはあるだろうと私は一人ぎめにしていたものだ。しかし、この手紙によると、この農村に於てはそうではないし、また、こういう事実をきいてみれば、いかにも同じようなことが多くの農村にあるべき
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