なぐり返した処が鼻血が出、そのことを種に待ってましたとばかり告訴され傷害罪として罰金千円取られたという訳です。
 駐在巡査が酔っぱらって盆踊りの中にピストル片手にゆかた掛けで暴れ込み、誰彼かまわずなぐり付けたり、中学校の教官が村の有力者の子供を除き全部なぐったり、私に鼻血を出されたボスが、ある矢張り義務人夫を使う工事で働きが悪いと一人の老人を腰の抜ける程の暴行を加えても平気な村民達が、私の場合だけ問題にしたのは私が他処者、その他何かあるかも知れませんが、坂口氏の、“天皇はお人好かも知れないが、聡明な人間ではない”との言を受売りしたのが最大の原因です。
 こんな田舎のチッポケな出来事貴方方には興味がないかも知れませんが、私は書く事に依っていい様のない憤りが静まる様な気がしたので書いて見ました。
 私はこの事に付いて坂口さんのご感想をうけたまわり度いとは思いますが、お多忙でしょうから遠慮致します。
[#ここで字下げ終わり]

 文士というものは未知の読者からいろいろの手紙をもらうものだが、この手紙にはおどろいた。巷談や日本文化私観、堕落論などの受売りして論敵をギャフンと云わせました、というような無邪気な手紙は三四もらったことがありましたね。その論敵というのは、たいがい共産党で、共産党員の論敵をバクゲキするには私の巷談ぐらいで結構役に立つものらしいや。したがって私のところへは田舎の共産党文学青年から相当数の脅迫状じみたものが舞いこんでくる。彼らは私の説を受売りした論敵にバクゲキされたせいかも知れない。
 この手紙は私に多くのことを教えてくれた。東京周辺の居住者には、本当の田舎の生活は分らないものだ。
 都会の青年たちにはかなり強い反戦的気風を見ることができる。しかし、日本人の本心をたちわった場合、好戦論、反戦論、どっちの気風が多いかというと、私はむしろ好戦的気風の人間が多いと判断している。
 好戦的気風のよってきたるところは、今戦争がきてみやがれ、一もうけしてみせるぞ。この前の時はずるい奴に先を越されてもうけ損ったが、今度は要領を覚えたから、畜生メ、今度こそ日本一の成金になってみせらア。サアこい来たれと手ぐすねひいて戦争を待っていらせられるのが主である。
 金へん糸へんの現役は云うまでもない。追放の前将軍が戦争を待機するのも理のあるところで、フシギはないが坊主だの女給だの
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