の酔っ払いの為し得ない放れ業は数々これを行い、諸方に勇名をとどろかしたものであるが、こういうバカげた大勘定をつきつけられたことはない。
 浅草の浮草稼業の役者仲間に、ハライ魔という言葉がある。私などがその筆頭なのである。酔っ払うと者ども続けと居合す男女をひきつれて威勢よく飲みまわり、威勢よく勘定を払う。翌朝のことは云わぬが花で、とにかくその時は威勢がいいや。ジャンジャンのみ食らいジャン/\払う。人に払わせない。こういう熱狂的人物を払い魔というのである。浅草人種はうまいことを云うよ。ああいう落伍者地帯には、常にピイピイしながら人に勘定を払わせない怪人物が常にあちこちに棲息するのである。お金持ちの集りには、こういう怪人物は棲息していないものさ。
 しかし私のような性コリのないバカ者でも、十名ひきつれて飲みまわっても一晩に七万四千七百円なんてことは、とても、とても、有りうべからざることだったね。たった一軒それに近いのが九段の例の待合であった。
 しかし、この新興喫茶のマネジャー氏の言は痛快すぎるね。こう痛快に云えたらさぞ気持がよかろうさ。今どき客の方から「遊ばせてくれ」と頼む人物がいるようなら、無数の女給が街頭に林立してひしめくことはなかろうさ。だいたいあの客は風態がよくない、とくらア。実に痛快な言葉だね。はじめて現れた風態のよくない客に、注文に応じて、怖る怖る七万四千七百円の品物を出したというが、怖る怖る七万四千七百円だすという手品使いがいるんだねえ。こんなお人よしの手品使いに三日間でも飲食店のマネジャーが勤まったらフシギだね。このセチ辛い世の中に生きているのがフシギさ。
 マネジャー氏の痛快すぎる言い方に対しては私は甚だ反感を覚えるけれども、女給が街頭へ現れて客をひくような商法の店ではカモをオメ/\逃す筈はなかろう。彼氏の店だけのことではなく、客ひきをやる店はみんな同じ山賊商法と心得てマチガイはなかろう。ただ程度を心得てる店と、そうでない店があるだけのことであろう。
 ここに山賊ありと心得たら、近づいてはいけないね。山賊に近づく以上は、してやられても仕方がないという覚悟がいるのだ。
 昔から講談などにもよくあることだが、主家の集金の帰りなどに、バクチに手をだしたり女にひっかかったりして身を亡す。集金に旅立つに先立って、主人とか父母とかが、お前はふだんはマジメでマチガイ
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