な毎日毎日の生活が直接このような役人とつながり、その支配下にあるのだから、やりきれないのである。どうも、日本人は、役人に向かないようだ。この役人が役人でない時は鬼畜の性を発揮する人間ではないのであろうが、ひとたび役人となると、威張りたがり、あげくに鬼畜性をふるって弱者をイジメたがる。軍人でも政治家でも、どうも特権をもたせるとガラリと変る性癖があって、当分のうちは誰が役人になっても役人に特権のある限りダメだと覚悟をきめる必要があるらしいから、なさけない話である。
それにしても、戸のガラスまで外して持って行くようなことを全ての税務署員がやる筈はないと思うのは当然であろうが、これも疑わしいフシがある。殴ったとか殴らないとか、法にサシサワリのある点だけ一応詫びる必要があると思っているようだし、もっとも税務署は詫びたんじゃないと云ってるそうだが、どッちにしても戸のガラスを外したことなど問題にもしていないところを見ると、これが彼らの通常の心事であり処置であるように判断しなければならないようだ。
詫びに行ったのではなくて、事実の調査に行ったという言い分は面白いな。どういう事実を調査に行ったのだろうね? この手記にある限りで判断すると、殴られた婦人の一家はその日はまだ殴られたことで税務署へねじこんではいないのである。応待した良人は、とにかく今日は自分は亢奮しているから後日にしてくれと言っているから、この日彼がすすんで税務署へでかけている筈はないのだ。
もっとも彼は警察には訴えたが埒があかなかったと記してある。すると、警察が税務署へ電話でもしたのかも知れないが、事実の調査というものは先ず警察のやるべきことで、当事者自身がやるべきことではないだろう。警察が自身調査もしないで、当事者に電話をかけて、彼自らに調査をゆだねるようなことが有りうるのだろうか。
誰から話をきいて何を調査に来たのか、まことにどうも雲をつかむようである。
自分の方に落度がなくて、むしろ公務執行妨害だというのがまた面白い。公務執行妨害という大そうな罪があるなら、例の事実調査の直後にやるのが然るべきようだが、先方から捩じこまれるまで問題にならない悠長な罪があるものらしいや。どういう点が公務執行妨害になっているのか、そこのところが知りたくて仕方がない。
殴ったのか、殴らないのか。それはどうでもいいや。たとえば税務署の言うが如くに、この婦人が逆上してフラフラして勝手にぶつかって怪我をしたにしても、彼女が逆上するのは当然。女一人の留守宅へきて戸のガラスを外しはじめれば、取りみだすのは当り前だ。躍りかかって首をしめて女の金歯を抜きとる方がもう少しユーモアがあるかも知れん。おもむろにカミソリをとりだして女の髪の毛をジョリ/\と丸坊頭にしてしもう。これをカツラ屋に売るとガラス四枚ぐらいの値段にはなるかも知れん。平安朝の昔に、一人の百姓が婚礼のフルマイ酒に窮してお寺の坊主から二斗のお酒を借りた。返さないうちに病気で死ぬことになったので、坊主が枕元へきて、コレお前や、借りたものを返しもしないうちに死ぬなどとはいけませんよ、死んだら牛に生れ変って私の寺へきなさい、四年働くと借りたものを返したことにして許してあげるから。百姓は仕方がないから、泣く泣く牛に生れ変って四年間働いて、どうやら成仏させてもらったそうだ。平安朝の昔は坊主も特権階級だった。百姓の両腕をもいでお寺へ持って帰っても、両腕が毎日野良をたがやすことができやしないね。牛に生れ変らせて四年間コキ使って貸しを取り返したとはアッパレなものだ。
しかし、本当に殴っておいて、殴らないと云ってるのだったら、こういう役人に占領された日本はもうダメだね。日本を叩きこわした方がいいや。
底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「オール読物 第六巻第四号」
1951(昭和26)年4月1日発行
初出:「オール読物 第六巻第四号」
1951(昭和26)年4月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2009年10月8日作成
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