務署の言うが如くに、この婦人が逆上してフラフラして勝手にぶつかって怪我をしたにしても、彼女が逆上するのは当然。女一人の留守宅へきて戸のガラスを外しはじめれば、取りみだすのは当り前だ。躍りかかって首をしめて女の金歯を抜きとる方がもう少しユーモアがあるかも知れん。おもむろにカミソリをとりだして女の髪の毛をジョリ/\と丸坊頭にしてしもう。これをカツラ屋に売るとガラス四枚ぐらいの値段にはなるかも知れん。平安朝の昔に、一人の百姓が婚礼のフルマイ酒に窮してお寺の坊主から二斗のお酒を借りた。返さないうちに病気で死ぬことになったので、坊主が枕元へきて、コレお前や、借りたものを返しもしないうちに死ぬなどとはいけませんよ、死んだら牛に生れ変って私の寺へきなさい、四年働くと借りたものを返したことにして許してあげるから。百姓は仕方がないから、泣く泣く牛に生れ変って四年間働いて、どうやら成仏させてもらったそうだ。平安朝の昔は坊主も特権階級だった。百姓の両腕をもいでお寺へ持って帰っても、両腕が毎日野良をたがやすことができやしないね。牛に生れ変らせて四年間コキ使って貸しを取り返したとはアッパレなものだ。
 しかし、本当に殴っておいて、殴らないと云ってるのだったら、こういう役人に占領された日本はもうダメだね。日本を叩きこわした方がいいや。



底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
   1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「オール読物 第六巻第四号」
   1951(昭和26)年4月1日発行
初出:「オール読物 第六巻第四号」
   1951(昭和26)年4月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2009年10月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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