白百合のような気高い子を招きよせて、石川淳の肩をたたいて、
「この子が君と寝室に於てビールをのみたいと云っている」
 彼は心眼によってみんな見抜かれたバツの悪さをあらわさずに、とたんにニンマリと笑みをふくんで、
「や。ありがとう」
 と、言った。たった一語、この一語のほかの言葉は有りえないという充足した趣きがこもっていた。
 私は人の世話をやいてやって、大失敗したのである。さて、いよいよわが目ざす美姫、黒白ダンダラのイヴニング。ところが、人の世話をやいてるうちに、ほかの男と約束ができて、手オクレであった。
 そこで三人の従卒が同情した。
「ヤ、心配無用です。ホールへでていたのは四分の一にすぎんです。四分の三は各自の個室におり、この中に美姫あることは必定ですよ」
 そこで美姫をさがすことになったんだがね。アラビヤン・ナイトでも、美姫をさがすのは若い王子様ときまっていたな。ジジイはそういうことはしていなかったなア。思いだすのが、おそかった。
「あなたア!」
 といって、女の子がかけよってくる。女の子たちは三人の男の子の手をにぎる。誰一人、私に向って、同じことをする女の子がいないんだね。どの棟のどの部屋の前を通りかかっても、そうなんだ。すべて物事には例外があるということをきいていたが、例外というものは実に絶対にないもんだね。しかし、ここまでは、まだ、それほど深刻な事態ではなかったのである。
 三人の男の子は、女の子の手をふりきる。そして大股に歩きすすむ。その時に至ってだね。手をふりはらわれて後にとりのこされた女の子たちは、改めて私の後姿に気がついて、これに向って、こう呼びかけるのである。
「パパ! ちょッと! パパ!」
 パンパン街というものは、チョイと、オジサン、というね。これが天下普通で、そう気になる言葉ではないが、パパはひどい言葉だよ。東京パレスの女の子は、必ず、私にパパとよびかけた。かく呼びかけるべく教育されたとしたならば、実に中年虐待。従卒どもはゲラゲラ笑いだしやがるし、しかし、今までウッカリしていたが、パパという言葉は、実際凄い言葉だ。私はヤケを起して、一人の美姫の部屋へにげこんだ。これが、さッきも云う通り、窓が五分の一しかなかったんだね。五分の一というと、まア、六寸さ。しかしウチワであおいでくれたよ。
 一時間後に我々は約束のシロコ屋へ集合した。この戦果。私
前へ 次へ
全14ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング