上でも、伊東と同じく、微風が吹いているにすぎなかった。
 どうして、こんな大火になったのだろう? みんながそう思うのは当然だ。
 十日前に駅前の仲見世八十戸やいた時には、山上のために水利がわるく、水圧がひくくて消火作業が思うにまかせなかったからだ、という。それに対する批判の声があがっている最中であった。
 今日の火事は夕方五時、まだ明るい時だ。海に面した埋立地で、交通至便の繁華街に接している。大火になる条件がないのである。
 そこで、
「海水を使うとホースが錆びるからといって、消防が満々たる海を目の前に、手を拱いていた」
 という怨嗟のデマが、出火まもなく、口から口へ、熱海全市を走っていた。
 しかし、そもそもの発火がガソリンの引火であり、つづいてドラムカンに引火して爆発を起し、発火と同時に猛烈な火勢で燃えひろがって処置なかったものらしい。
 火事による突風が渦まき起って百方に火を走らせ、発火から二時間ぐらいの短時間で、全被害の九割まで、焼きつくしたようである。私の到着したときは渦まく突風はおさまり、目抜通りは焼けおちてのびきった火の先端だけが坂にとりつこうとして燃えつつ立ち止っている
前へ 次へ
全39ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング