談《じょうだん》でも云い合わなければ寝る順がつかないような感じのところだ。
 公娼の宿はそうではなくて、食事も酒もぬきであり、ねむいから、ほッといて、二三時間ねかしてくれと、いきなりゴロンとねてしまってもそれが自然に通用するところなのである。
 私はよく思うのだが、銀座の近くに公娼の宿があるといいなと思う。終電車に乗りおくれてもネグラがあるし、第一、ヒルネに行くことができる。公娼の宿がないから、仕方なく、普通の旅館へヒルネに行くことがあるが、二三時間ねかしてくれ、とたのんでモタモタしていて、いつか、ねむれない気分にされてしもう。
 これは在来の公娼の生態を私が自分流に利用しての話だが、しからば表面公娼が廃止され、彼女らに自由が許された現在、どうかというと、昔とちッとも変りがないのである。
 たしかに彼女らには自由が許されている。これは嘘イツワリのないところだ。彼女らは公娼というワクの中でいくらでも個性を生かして生活したり営業したりできるはずが、そんなものは見ることができない。
 私を外へ誘いだして熱海中グルグル案内してくれたパンパンなどは異例の方で、だいたい外へも出たがらないようなのが
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