た一人火の手にあおられながら見物するという特技に長じており、何百人のお巡りさんが非常線をはっても、この忍術をふせぐことはできないのである。姐さんに絡みつかれては、忍術が使えない。
 伊東の街々では門前に人々が立って熱海の空を見ている。自転車で人が走る。火元は埋立地だという。銀座が焼けた。糸川がやけてる。国際劇場へもえうつった。市役所があぶない等々。街々を噂が走る。
 してみると私が時々遊びにでかけた林屋旅館も、支那料理の幸華も、洋食の新道も、もうやけたのだ。
「いいかい非常線にひッかかったら、糸川筋の林屋旅館へ見舞いに行く伊東の親類だというんだよ。林屋は伊東の玖須美《くすみ》の出身だからね」
 と、女房に忍術の一手を伝授しておく。
 電車は伊東から、すでにヤジウマで満員だ。同じ箱にのりこんだ周囲の十数人から知った顔をひろってヤジウマとはいかなる人種かと御紹介に及ぶと、一人は知人の家の女中(二十一二。通勤だから、夜は自由だ)、バスガール三人。これは知り合いというわけではないが、バスにのると向うに見える大島は……と説明して、大島節をうたってきかせるから、自然顔を覚えたのである。
 宇佐美で
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