る。あれもパンパン、これもパンパン。彼女の指すところ、イヤハヤ、夜の海岸通りは、全然パンパンだらけである。駅からの道筋にも相当いる。
 若い男と肩を並べて行くのがある。
「あれ、今、交渉中なのよ。まだ、話がきまらないの」
「どうして分る?」
「交渉がきまってからは、あんな風に歩かないわよ」
 と云ったが、どうも素人の目には、交渉中の歩き方にその特徴があることを会得することができなかった。
「ここにも、パンパンがいるのよ。この旅館にも三人」
 と彼女はシモタ屋や旅館や芸者屋を指して、パンパンの新しい巣を教えてくれた。至るところにあるのである。
 糸川の女は、とりまえは四分六、女の方が四分だそうだ。しかし食費などは置屋が持つ。公娼制度のころと変りは少いが、ただ自由に外出ができるし、お客を選ぶこともできる。それだけの自由によって今のパンパンが明るく陽気になったことはいちじるしい。もっとも、これだけの自由があれば、我々の自由と同じものを彼女らは持っているのである。資本家と労務者の経済関係というものは、どの職域にもあることで、ほかの職域の人々はクビになると困るが、彼女らはこまらない。全国いたると
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