の大半が終電事につめかけたわけで、罹災者の乗りこむ者も多いから、終電車の阿鼻叫喚が思いやられた次第であった。
 網代の漁師のアンチャン連の多くは火事場のどこで飲んだのか酔っぱらっており、とうとう喧嘩になったらしく、網代のプラットフォームは鮮血で染っていた。
 伊東へついて、疲れた足をひきずり地下道へ降りようとすると、
「アッ。奥さん」
「アラア」
 と云って、女房が奇声をあげて誰かと挨拶している。新潮社の菅原記者だ。ふと見ると、石川淳が一しょじゃないか。
「ヤ、どうしたの」
 ときくと、石川淳は顔面蒼白、紙の如しとはこの顔色である。せつなげに笑って(せつないところは見せたがらない男なのだが、それがこうなるのだからなおさら痛々しい)
「熱海で焼けだされたんだ。菅原と二人でね。熱海へついて、散歩して一風呂あびてると、火事だから逃げろ、というんでね」
 文士の誰かがこんな目にあってるとは思っていたが、石川淳とは思いもよらなかった。
 彼らは夕方熱海についた。起雲閣というところへ旅装をといて、散歩にでると、埋立地が火事だという。そのとき火事がはじまったのである。
 火事はすぐ近いが、石川淳はそ
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