ンピラ・アンチャンなどは、まだまだ可愛い方だと云わなければならない。

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 私は一九五〇年四月十五日という土曜日に、許可を得て、新宿駅前の交番に立番し、つづいて上野公園の西郷さんの銅像下の交番に詰め、お巡りさんの案内で、上野の杜の夜景を見せてもらった。
 新宿の方は殆ど驚かなかった。なぜなら、我々が酔っ払った場合、又は酔っ払った周囲に於て有りがちなことが、ドッとまとめて起っていたにすぎないからである。
 しかし天下名題の新宿だけあって、交番の忙しいこと、その半分は酔っ払いの介抱役で、死んだように酔っ払って交番へかつぎこまれ、何をされても目をさまさずコンコンとねむりつゞけているのがいる。何を飲んでこんな風になるのだか、その昏酔状態というものは尋常一様のものではない。二十二歳の新調のギャバジンの背広をキチンときたサラリーマンだった。介抱窃盗現れるのもムリがない。介抱窃盗というのは、介抱するフリをして身ぐるみ持ってくのを云うのだそうで、新宿のマーケットでは酔っ払いが主としてこの被害を蒙るのである。
 もっとも、これには非常にまぎらわしい場合がある。グデン/\に酔って知らない酒場へひきずりこまれる。ひきずりこまれるというのは客ひきの女給が街頭に無数に出ていてタックルするからだ。勘定が足りなくて、時計や上衣をカタにとられて追いだされる。
 酔っ払い先生がこれを自覚していれば良いのだが、ふと気がついて、所持品や時計や上衣のないことにだけ気づいた場合がヤッカイで、介抱窃盗にやられたのだか、勘定のカタにとられたのだか、本人が分らないからヤッカイである。
 こんなのがきた。
 酔っ払っているのは四十五六のどこかの課長さんだ。これを交番へひきずりこんだのは喫茶店のマダムで、年は三十二だと云ったが、大柄で、骨が太く、顔にケンがあり、噛みつかれそうな偉丈夫だ。男は痩せて小さくて、女丈夫に腕をとられて、文字通り、ひきずりこまれてきたのである。マダムも酔っていた。そして一人の女給をつれていた。
「無銭飲食です。勘定をとって下さい」
 と、すごい見幕でつきだした。
 その勘定というのがタッタ百円なのである。女給が街頭に出張していると、男が酔っ払って通りかかったのでタックルした。もうお酒はのみたくないというので、女給がすすめて牛乳二杯とらせた。男が一杯、女給が一杯。それが百円である。
「一杯五十円の、二杯ね。お砂糖入り牛乳ですよ。だから、五十円」
 女丈夫はお砂糖入りをくりかえし強調した。
 男はカバンを持っていたのである。勘定を払う段に、カバンが失くなっているのに気がついた。いくらか酔いがさめかけたのである。しかしまだ全然呂律がまわらない。
「カバンが失くなったから払えない。払わんとはいわん。ぼくはこういう者です」
 男は名刺をとりだしたが、ヨロけてフラフラ、ウイッといって前へのめりそうになったり、今喋っていることを明朝覚えているとは思われない。
 お巡りさんは名刺と定期券を合せて調べたが、たしかに本人の名刺だ。
 けれども女丈夫は承知しない。所持金がないと知りながら、今すぐ払えという激越な口吻だ。つまり上衣か何かカタにとりたてるコンタンらしい。巡査も呆れて、
「たった百円のことじゃないか」
 と叱りつけたが、女はひるむどころか、
「じゃ、明日の何時に交番の前で払うと、お巡りさんが証人になって、責任をもって下さい」
 と図々しいことを言いだした。勝手に責任を押しつけられてはお巡りさんも堪らないから、
「名刺を貰ってるんだから、信用したら、どうかね。ニセの名刺じゃないことが証明ずみなんだから。こちらの方も悪意があるわけじゃない。酔っ払ってカバンを失くしたために払えないことがハッキリしとるじゃないか」
「イエ、ぼく必ず払う。明日の朝七時。ここで払う」
 と男は胸をそらして威張ったが、呂律がまわらず、ヨロメキつづけている。今の約束も明朝忘れているだろう。
 女もこれ以上ガン張るのは不利と見たらしく、
「たった百円ですからね。よろしい。この人を信用しましょう。私は信用してひきとりますから、この人のカバンを探してあげて下さい」
 そう云ったから帰るかと思うとそうでもない。帰りそうにしては、険しい顔をキッと押し立てて、
「この名刺を信用して、ひきとりますが、この人のカバンを探してあげて下さい。たのみますよ」
 今度は男のカバンを探してくれということをシツコク言いだして、いかにもそれも押しつけるように、たのみますよ、とくりかえす。
 その執拗さに巡査も腹を立てて、
「君のカバンでもないのに、何をしつこく頼むことがあるか。君に頼まれなくとも、我々はそれが職務だから、余計な世話をやかずに、用がすんだら、ひきとりたまえ」
「カバンを失くして気の毒だから
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