いうことで、十二レースのうち九レースは配当を受けとり、その配当で次の券を買ったという意味だ。ちなみに、第一日目は一度も配当がなく、毎レース毎に両替屋へ行かねばならず、ジャンパーの手前、両替の娘の子にも恥しい思いをしたし、配当をうけとる人々を眺めながら、なんたる奇蹟の人種かと舌をまいていたのだ。私はだいたい一レースに千五百円平均ぐらいずつ券を買った。そして、試みたのである。その試みの詳細は追々物語ります。
第二日目には三千円ほどの損でくいとめたから、三日目はいよいよ三十万円の大モウケだと、宿屋の寝床の中でアレコレ秘策をねり、こころよく熟睡したが、翌日はなんぞはからん、第十レースにして所持金全額を使い果し、一敗地にまみれて明るいうちに伊東の地へ立ち帰る仕儀と相成ったのである。わが家に於ては小生が有金全部失うこと必定とみて、すでに東京に赴いて金策を果し、敗軍の将をねぎらうに万全の用意をととのえていたが、このへんは近来の美談と云うべきであろう。
その三日の間に、私は競輪の選手と予想屋を招待して、その話もきいた。役人を間に立てて選手と話しても何にもならないから、やわらかい方面から渡りをつけて、三名の選手を夕食に招じ、腹蔵ない話をきいたのである。
甲はA級選手で二十三歳。たいがいのレースに本命又は対抗におされている選手だが、この競輪では負けつづけている。乙はB級の無名選手だが、このレースでは一着を出している。十九歳。丙もB級の新人で十七歳。彼らは酒もタバコものまなかった。年の若いせいもあるが、その害も知っているのだ。
競輪期間、選手は一日当り千百円の宿泊料をうけとる。これは主催地の負担である。しかし指定の宿屋、合宿所というようなものはなく、縁故者や後援者のところへ宿をとり、支給される宿泊料は不足するということはない。一レース九名ずつ選手がでて、六着までナニガシかの賞金があり、弱い者にはトップ賞といって、一周ごとに先登をきった者に千円与える仕組みもあるから、弱者の戦法によってレースごとにいくらかの稼ぎがあるのが普通で、会社の日給と合せると、最もパッとしない選手でも、他の業務にくらべて収入は多く、収入の不満はない。
負傷した場合には、負傷の治るまでの宿泊料と医療費を負傷した主催地が負担する。これに対しても、選手は満足しているようである。選手の生活は保証されており、酒色にふ
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