安吾巷談
天光光女史の場合
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)倅《せがれ》と

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 松谷事件は道具立が因果モノめいていて、世相のいかなるものよりも、暗く、陰惨、蒙昧、まことに救われないニュースであったが、骨子だけを考えれば、昔からありきたりの恋の苦しみの一つで、当事者の苦しみも察せられるのである。
 骨子は何かと云えば、
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一、政治意見の対立する男女が円満に結婚生活と政治生活を両立せしめうるか。
二、男には妻子がある。
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 悲しい恋の骨子というものは、何千年前から、似たようなものだ。親父同志が敵味方であるのに、その倅《せがれ》と娘が恋に落ちたという話なら、何千年前のギリシャにも、何百年前の日本にも、又、類型はいたるところに在ったことは、私が今さら例をあげるまでもない。異教徒の恋、異人種の恋、悩みに上下はない。兄妹の恋、近親の恋、いずれも世に容れられず、世の指弾と闘わなければ
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