もない。田中がカルモチンを酒の肴にかじっているときいたときは驚かなかったが、カルモチンでは酔わなくなって、アドルムにしたという話には驚いた。あの男以外は、めったに、できない芸当である。
アドルムは、のむと、すぐ、ねむくなる。第一、味の悪いこと、吐き気を催すほどであるが、田中は早く酔うためには、なんでもいい主義であったらしい。それにしても、酒の肴にアドルムをかじることが可能であるか、どうか。まア、いっぺん、ためして、ごらんなさい。そうしないと、この乱世の豪傑の非凡な業績は分らない。
この一二年、田中が書きなぐっている私小説に現れてくる飲みっぷりの荒っぽさは、けっして誇張でなく、むしろ書き足りていないのである。事実の方がもっとシタタカ酒をのんでいた。あの男が、六尺、二十貫のからだにコップをギュッとにぎりしめて、グビリグビリとビールのようにウイスキーをのみへらすのを見ると、とてもこの豪傑と一しょに酒は飲めないという気持になる。こうして朝から夜中まで五軒でも十軒でもまわる。ともかく、いくらか太刀打ちできたのは郡山千冬で、この男も、五日でも十日でも目を醍《さま》している限りは酒をのんでいられ
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