であろう。
社務所の一室で、私たちは持参のお弁当をひらいた。参拝の人々の記名帳をひらくと、阿佐ヶ谷文士一行が来ておって太宰治の署名もあったが、呆れたことには、参拝者の大部分が政治家で、特に総理大臣級が甚だ多く参拝している。私は妙な気持になって、
「どういうわけで、こう政治家がたくさん来るんだろう?」
と呟くと、宮司は笑って、
「当社のオ守りは総理大臣になるオ守りだそうで、いつから誰が言いだしたのか知りませんが、たまたま当社に参拝された方々から都合よく二三の総理大臣が現れて、政界に信心が起ったのかも知れませんな。この春は当時大臣の黒川さんと泉山三六さんが見えましたよ」
さては泉山大先生も総理大臣を志しているかと見うけられる。
私もオ守りを十枚買った。これを友人に配給してみんな総理大臣にするツモリであって、私自身が総理大臣になるコンタンではなかったのである。
私たちはオミキをいただき、赤飯を御婦人連へのオミヤゲにぶらさげて、とっぷりくれた武蔵野を石神井の檀邸へ帰る。
檀君の長子太郎にも総理大臣のオ守りを配給したが、翌朝太郎はカバンをひッかきまわしながら、
「モウ、オ守りをなくしたよ。それでも、大丈夫? 大丈夫だねえ」
なにが大丈夫なのか知らないが、総理大臣になるコンタンでもなさそうに見えた。
底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二九巻第一六号」
1951(昭和26)年12月1日発行
初出:「文藝春秋 第二九巻第一六号」
1951(昭和26)年12月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2010年1月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全24ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング