甚しく私の気に入ったステッキがあった。秋田産のカバハリというステッキだった。その店内にたった一本あるだけのステッキでもあった。すべてそれらのことがなんとなく私を満足させ、落付かせた。
秋田市では別に目的もないので、なんとなく本屋だの裏町だのをブラブラ歩いただけである。旅館で食べたショッツル鍋が、さすがに東京の秋田料理屋で食べるものよりも美味であった。そして、地酒もうまかったが、腹をこわしていたので、舌にのせてころがす程度にしか味えないのが残念であった。
★
翌日、目的の秋田犬を見るために大館へ出発した。私たちは大館市の秋田犬保存会長、平泉栄吉氏宛の紹介状をもらって東京を立ってきたのである。ところが例の新聞記者の訪問によって、私たちが秋田犬を見るために来ていることが知れたから、私たちが大館に向いつつあるとき、逆に平泉氏から旅館へ電話がきたそうだ。
「秋田犬を見るなら、秋田市ではダメ。大館へ来なければダメではないか」
こういう強硬な申入れであったらしいが、すでに私たちは大館へ出発した後であった。
彼がかくも強硬な申入れを行うのは頷けるのである。たしかに大館へ
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