た私が秋田駅へ着いたとき、一人の女性がためろう色なくサッと歩みよって、
「旅館からお迎いに上りました」
と云った。この時も、秋田オバコのこは何たる敏感さよと、到着|匆々《そうそう》重ね重ね敵の意外な敏感さにおどろくことばかりである。ところがこれもアニはからんや、このオバコ、つまり旅館の女中さんは、戦争までレーンボーグリルの女中さんであったそうな。レーンボーグリルとはその上の文藝春秋の本寨だもの。婦人記者よりも文壇通の、文士については赤外線的な鑑定眼を養成した錬士だったのである。
しかし、着いたトタンに当地の印象いかがとは気の早い記者がいるものだ。その暗さや侘しさがフルサトの町に似た秋田は切ないばかりで、わずかばかりの美しさも、わずかばかりの爽かさも、私の眼には映らない。
けれども私は秋田を悪く云うことができないのです。なぜなら、むかし私が好きだった一人の婦人が、ここで生れた人だったから。秋田市ではなく、横手市だ。けれども秋田県の全体が、あそこも、ここも、みんなあの人を育てた風土のようにしか思われない。すべてが私にとっては、ただ、なつかしいのも事実だから仕方がありません。汽車が横手
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