行かなければ秋田犬を知ることが不可能であるばかりでなく、秋田犬に対して彼の如くに無邪気な熱情をつぎこんでいる人物は天下に二人といないであろうからである。
旅先でこのように邪心の少い好人物にめぐりあうのは嬉しいものである。彼は秋田犬に対して、一見なんとなく控え目に見えるが、実は損得ぬきで溺れこんだ満身これ秋田犬愛の熱血に煮えたぎっているのであった。
彼のように整然たる、抜けるように色の白い美紳士を時々北国で見かけるのは私だけではあるまい。むかしヘルプという薬のマークの美紳士によく似た整然たる白色の紳士なのだ。あのマークの紳士と同じように、色も白いが、美髯《びぜん》をたくわえているのもほぼ共通しているようである。子供心に強く印象に残っているのでは、吉田という伯父がそうであった。これが私の知る実在のヘルプ紳士第一号である。今年の春、塩ガマへ旅行したとき、塩ガマ神社の裏参道の登り口に神様と共存共栄しているサフラン湯本舗のオヤジが、これもヘルプ型であった。もッとも彼は真ッ昼間というのに酒に酔っ払ってふらついていたから、顔の色は抜けるように白いというわけには参らずタコの面色を呈していたし、酔っているから若干ロレツもまわらないし、それにともなってお行儀の方も甲や乙や優や良というわけにはいかなかったが、それは整然たるヘルプ紳士のお行儀として失格しているだけのことで、ただの酔っ払いのお行儀としてなら充分見どころがあったのである。塩ガマ神社の裏参道にトグロをまいているだけのことはあって、ヘルプ紳士の荒ミタマあるいはヘルプ紳士のスサノオノミコトというところであった。
秋田犬保存会長はこういうお行儀のわるいスサノオノミコトではなかったのである。すべてに於てダンチであった。整然たるリンカクに於ても、色の白さに於ても、美しいヒゲに於ても、ヘルプ紳士の最優良種に属していたが、お行儀のよさ、気のやさしさ、物やわらかさ、すべてに申し分のないヘルプ紳士中のヘルプ紳士であった。難を云えば、いささか小柄の点だけだが、色あくまで白く、形あくまで整然たるヘルプ紳士としては、ヨーロッパの貴顕ほどの柄はなくとも、佐々木小次郎から武骨を取りのぞいた程度の柄はもたせたいものであった。もっとも、秋田犬と見くらべざるを得なかったせいで、実際以上に柄が小さく感じられたのかも知れない。
実に秋田犬と共存共栄して、己れ
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