に小さい昆虫を選んでいるのはどういうワケだろう。小さいのに珍種が多いのだろうか。持ち運びの便利のためなら特に昆虫の大小の如きが大問題でもなさそうだ。もっとも小さな虫の標本はどの箱の場合でもその最下部にある。苦心して標本箱のガラスをずり動かした場合に手ッとり早くマンマと手に入れられるのは小さな昆虫である。ところが標本箱のガラスは開閉の便を考えて造られたものではなくて、すでに出したり入れたりする必要のない内容の全部をそろえた上で、それを密閉する目的だけのために造られたものであるから、単にガラスを開けるだけでも素人には困難な作業で、人目を盗んでカンタンに開けられる仕掛けになってはいないのである。
 ところが昆虫泥棒はその困難な作業を手際よくやっているばかりでなく、彼の去ったあとには標本箱は元のようにガラスに密閉されていて、内容の昆虫をしらべなければ盗難が分らない。標本の名札があって昆虫の姿がないという盗難の跡を示している箱は相当の数である。実にフシギなことだなア。宝塚に於ては、泥棒に礼儀が行われているのであろうか。元のように箱の密閉がほどこされていることは発覚の怖れのためもあるかも知れんが、
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