い。単に無限にゼイタクが許されたって、芸術は生れやしない。各々の物をそれぞれ本当に生かして使うことが才能というもので、その本当の才能は費用が不足ならそのワク内で最大限の効果を考案しうる才能でもあるし、臨機応変の術こそは天分というものだ。それぞれの本当の効能を知り生かしうる人が、本当のゼイタクを知り、味う人なのである。
宝塚の難民は七万坪の遊園地のうちで劇場と動物園にもっぱら群れをなしているのであるが、劇場は大中小とあって、それぞれは廊下でつらなり、廊下の左右は売店であるが、全日本の都市や温泉街の売店街の様相がそうなったと同じように、売店の半分は目下パチンコ屋に転じて盛業中である。
全国いたるところのパチンコ屋は、中学生高校生おことわり、などゝ禁札を立てているようだから、丸帽子をかぶったニキビだらけのがアキラメわるく三四人むれをなして入口にたたずんで内部をのぞいてみたり、通行人に言葉をかけてみたりしているけれども、彼らすら敢て堂々と禁制のパチンコを行う勇気にかけている様子であるから、娘だの女学生だのというものがパチンコをやってる姿はザラに見ることのできる性質のものではない。
ところが宝塚の難民は主として若い女、女学生と、その姉妹に当る年齢程度の女の子が大部分なのである。よその土地ではこの年ごろの娘がパチンコをやったりボットル落しをやったりするのは常識でもないし、殆ど可能性ですらもない。ところが他の土地では可能性ですらもないことを彼女らはこの土地では必ずやると看破した宝塚商人の眼力というものは、これはまた世に怖るべきものだなア。
可能性ですらもないなどゝは、とんでもない話だね。ここの縦横の廊下に、パチンコ屋だのボットル落しだのホームランゲームだのと、その店の数だって人口三万の東海道の温泉都市と覇を争うほどの盛大なものだ。その全ての店内の全てのパチンコ台も空気銃もみんな女学生に占領されて、ガッチャン、ガッチャンと賑やかなものですよ。
彼女らは短気だねえ。ゲームを味ったり、哄笑によって敗戦を認めて思いきりよく諦めるような寛大なところも、ユーモアもないらしく見える。必ず勝たねばならぬ、否、敵を倒す、否、一撃もって敵のノドクビを切断する、というような気魄が充満しているし、寸時といえども攻撃がゆるみ、斬り込みの脚力も刀さばきも休むようなところがない。マナジリを決するとは、まさにパチンコ屋に於ける彼女らを云うのであろう。姉も妹も、すでに、ただ単に無限の攻撃突貫を意志している鋼鉄のタンクそのものらしい。二人は顔を見合せることもないし、戦友らしく励げましの言葉をかけ合うようなチャチな人情の如きに目をくれる甘ったるい兵隊ではないのである。妹は攻撃が停止する寸刻がもどかしくてたまらぬらしくセカセカと空気銃を膝へ当てて折って、もしも袖ナシの服でなければ、やにわに腕まくりをしたであろうし、それすらももどかしくて袖をちぎって捨てずにいられないような充実しきった攻撃精神やセンメツの気魄によって、前へ、前へ、身体が押しだされ、延びて行く。彼女はまだ中学生であろう。頬はリンゴのように真ッ赤になっているし、眼は三白眼かヤブニラミに見える。それは捕虜をとらえればその場で処刑する戦意を示しているのである。彼女はふと気がついて帽子をぬいで台の上においた。彼女の帽子はアゴヒモのついた丸いツバのある夏の帽子で、鉄カブトよりも戦闘に不自由であったらしい。
この土地にきてはアベックなどはダラシがなくてミジメそのものの存在さ。男と女が恋愛をする、その恋愛によって、互に相手に良く思われようと言葉の数を控えてみたり、言葉の表現や表情に意をめぐらしてみたりする、食堂で中食をたべてもあんまり大食と思われるかしらと考えなければならないような衰弱しきった自己表現や和平運動というものが、いかに不用で、ミジメなものかということが、この土地に於てハッキリするようである。人生とは戦争である。否、一撃のもと敵のノド笛をきり、イノチを断つことだ。和平運動とは衰弱者の妄想だ。男と女が食事や言葉をひかえて妥協和平をカクサクするのは彼らが衰弱しきった病弱者だからである。結局そういう結論を宝塚のパチンコ屋で戦意とみに昂揚している娘たちが教えてくれるのである。
だからアベックは仕方がない。自然に植物園へ追放されて木蔭のキノコかのように益々モタモタとムダな時間を費している。とにかく仕方がないのさ。女だけのパチンコ屋というものはフシギの多い日本のうちでも宝塚にしかないだろうからねえ。ここは女だけ集ってパチンコ程度の殺リクをやってるだけではなくて、独特の思想も、政治も行っているようなものさ。マキャベリの如きものは女将軍の背中を流す三助にも当らない。ただの女兵隊の背中を流す光栄を許されうるかどうかすらも分ら
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