支丹の十字に対して、一方は真言の九字の印をきるという。まア、真言といえば山伏の法術も真言の秘法の如くではあるが、山伏は九字は切らんな。真言と云い、九字をきると云うところに、それに相応する原型らしき切支丹とその胸にきる十字があり、金鍔次兵衛先生の武者ぶりなどが際立って私の幻にうつるのだが、どうでしょうか。
 しかし、金鍔次兵衛の煙の如き遁走ぶりがどんなに破天荒なものであったか、ということは、実は彼の味方たる切支丹の記録からは判然しない。パジェスは彼の神出鬼没の活躍を英雄的に記録して、日本人が彼を魔法使いとよんだことを記録している。しかし、実に彼を追いまわした大村藩の記録には、殆ど世界中の誰しも信じがたいバカバカしい追跡の事実が残されているのである。
 もしも徳田球一の隠れ家が分った時に、日本の警察はどれだけの警官をくりだすであろうか。五百人か? 千人か? 三千人か? 五千人か? 一万人か? 戦車か? 飛行機か? 原子バクダンか? まさかね。一連隊の警察予備隊以上をくりだしはしないであろう。ところが次兵衛の隠れ家を包囲するには、すくなくとも六連隊、思うに完全武装した三師団ぐらいのものが一時
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