きめるのは不可能なことだ。
 坂口先生からきいた話だが、大島からのツバキ油売りと名のる行商人がきた時に、その真偽を見破るカンタンな方法があるそうだ。もっとも今では行商人となって島外へでる者は一人もないから、鑑定をまつまでもなく、みんなニセモノにきまっているそうだがね。
 大島島民は「カキクケコ」を「ハヒフヘホ」に発音するのだとさ。柿の木が「カヒの木」、猫の子が「ネホの子」、筍が「タヘノコ」。但し接続する時だけで、字どまりの木や子は同じキでありコだそうだね。
 三宅島には排外的な気風がやや目立つそうであるが、大島の人たちは、男女ともに明るくて、人みしりしなくて、親切である。どうも全般にわたってタメトモの住みよい島にできてるようである。野増村の着流しの村長は私が大島で会った人たちのうちで誰より無愛想でニコリともしない人物であったが、根は甚しく親切なようであった。実に気むずかしくムッツリしながら、しかし私の方が降参するほどもう一軒、もう一軒と念入りに案内してくれる。魚屋の前を通りかかると、にわかに店内へ声をかけて、
「さッきのアレ、こまかくしたかね。まだなら、東京の人に見せてくれないか」という。
「ヘエ、まだですよ」と魚屋が一家総出でとびだしてきて、妙なヘッピリ腰で怖る怖る奥からぶらさげて来て、見せてくれたのが、なるほど、これは怪物だね。私が怪物に近づこうとすると、魚屋が慌てて、
「オットット、手をだすと噛みとられますよ」
 長さ一米ぐらいの怪魚「カキザメ」という私が見たことのない怪物です。サンショーウオを平たくしたような奴で、全身をマムシの斑紋の大きいようなのが覆い、陸上の動物には見られないトゲのような怖ろしい歯がゴシャ/\生えてますよ。魚屋の土間に腹ばいになって人間を睨みつけて、物凄い口をあき、食い殺すぞという殺気マンマンたる形相を示します。せいぜい一米ぐらい、一貫から三貫までぐらいの小さいサメだそうだが、こんな怖るべき形相の魚を見たのははじめてであった。肉はうまいということだ。なるほど、そうかも知れんと思ったね。第一、面魂《つらだましい》がなんとも物凄くて癪にさわるから、是が非でもモリモリ食ってやりたいと思うね。切身を買ってきて大いに食うべきであったよ。着流しの村長はこういう怪物をわざわざ見せようとする親切をもっていた。私がこの怪物に呆れていると、野増村の人たちまで
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