と見るから、蘇我氏に関する限り、その表面に現されていることは、そのままでは全然信用しないのである。
 ともかく、大和を中心にした夥しい古墳群(ミササギも含めて)は小心ヨクヨクたる現代人のドギモをぬくに充分な巨大きわまるものだね。玄室の石の一ツの大きさだけでも呆気にとられるね。それらの古墳は、どれが誰のもので、誰の先祖だか、実はてんで分るまい。記紀が示した系譜なるものが、実は誰が誰の祖先やら、人のものまでみんな採りいれたり、都合のわるいのを採り去ったりしているに相違ないと思われる。
 しかし、大そうな豪族がたくさん居たことだけは確かだね。その子孫はどこへどうなったものやら。ヒノクマの帰化人などもどこへどうなったものやら私自身がそれを探りだす能力はとてもないね。
 八木で電車を降りるとき、五尺五寸ぐらいもあって肉づき美しく、浄ルリ寺の吉祥天女そっくりの白いウリザネ顔のお嬢さんを見た。あの土地で、否、あの土地へ着いた時に見たから、甚しくおどろいたね。しかし、幻でした。なぜなら、その時以来は目を皿にして行き交う男女の顔や形を見つづけたが、昔をしのぶ男女の顔形はついに再び見ることができなかったからです。
 当り前の話だろうね。幻さ。すべての時間が。



底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
   1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二九巻第八号」
   1951(昭和26)年6月1日発行
初出:「文藝春秋 第二九巻第八号」
   1951(昭和26)年6月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2010年1月13日作成
青空文庫作成ファイル:
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