いう食い方は淀橋太郎一人のものではなく、概してホルモン焼きに噛みかかる人たちが共通に示す食いッぷりのようでもある。焼きたてのアツイうちに、というような必然的な要求に応じているのかも知れん。
私はどうもホルモン焼きは苦手である。時には、うまいナ、と思う時もあるけれども、ムシャぶりかかるような食い方をすることができないのは、やっぱり本当に好きではないせいだ。つまり、物の味が分らん人間なのである。支那やフランスなどの料理の発達した国では、肉よりもモツの方が値が高いそうだ。牛の脳ミソやシッポなどは特に珍重される由。以前は脳ミソやシッポは牛肉屋がタダでくれたそうだが、高級フランス料理店が買い占めるようになって手にはいらなくなったと林達夫先生がこぼしていたものだ。
そんなに珍味なのか、よし、やろう、というので、これをお好み焼きにしたことがある。臭い物だよ。特別な調味料で、特別な料理法があるのであろう。しかし、よろこんで食った豪傑もいた。私はもう匂いだけで吐きそうになった。
ホルモン焼きというのは染太郎のオカミサンが勝手にこしらえた言葉だと思っていた。彼女も漫才屋の内儀であり、こういうエゲツな
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