を見てごらん。それは切ないでしょう。闇の中にあるべきものを照すべからず。それはワイセツのためではなくて、滑稽であり気の毒であるからです。白昼の光の下では、ワイセツを救うものは芸術なのさ。ストリップとても原理は同じですよ。
計画停電は全国的なものであるから、ストリップ劇場のあるところ、全国すべて同じことが行われているに相違ない。しかしあの瞬間に半分お尻をだして必死に前と後を押えているのは大阪だけかも知れん。停電を見こしてこういう型、つまり危くズリ落ちそうなところで着物をおさえてくいとめる型を発明したとするなら、臨機の商才しかも必ずしもワイセツではなく、このへんは大阪商人の鬼才たるところであるかも知れん。
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こんどの大阪旅行は苦しかった。二月はじめに身体を悪くして仕事に支障をきたし、出発までに終るはずの小説新潮と別冊文藝春秋の二ツが残ってしまった。十二日の晩は徹夜だ。十三日の朝九時にとにかくオール読物だけを書き終り、小説新潮と別冊にはおことわりの電報をうって、上京、午後五時半から芥川賞の銓衡委員会。該当者なしときまって大そう早く会を終ったのはよろしいが、小説新潮の小林君が会場へ現れて、半分だけでよろしいから旅先で書いてくれ、同じ汽車でついて行きます、クビになりますから、というので、人をクビにするわけにはいかないから、仕方がない。別冊は別冊で、随筆的なものでよろしいから旅先でたのむ、という。随筆的なものでもよろしいなら、まア、この方はなんとかなりそうだが、小説新潮は連載の捕物帳だ。私はこの捕物帳で短篇探偵小説の新しい型をつくってみたいと思っていた。推理小説では短篇はムリである。西洋でも短篇推理小説で面白い読物はまずない。私は捕物帳に推理の要素と小説の要素を同時にとり入れて新しい型をつくってみたいと考えた。はじめは暗中模索であったがどうやら五回目ぐらいから、新しい型を自得するところがあった。したがって大いにハリキッている際であるから、やッつけ仕事はしたくないし、また、探偵小説というものはメンミツな構成がいるものだ。いっぺんちゃんと殺人事件をつくりあげて、それをひッくり返して書いて行くもの、したがって書くという仕事よりも構成する仕事の方に苦労を要する。構成ができれば一部分書くのも全部書くのも、大して相違はないのである。だから旅先では甚だ心もとなくて弱ったが、小林君は蒼白になってクビになりそうだと沈んでいるから、ここはこッちも旅先でムリをしても書いてやるより仕方がない。とはいえ日本地理の見学をそのためにオロソカにしては巷談師たるもの職人の本分にもとるから、これを天の定めと見て、睡眠時間を極度にきりつめることによって三ツながら全うしてみせるという覚悟をかためざるを得なかった。
当夜はモミヂへ宿泊。三人の女中たちとバカ話をして酒をのみ、アンマをたのんで、もんでもらっているうちに十時前にねてしまった。翌朝六時まで昏睡状態。前の晩が徹夜だからだ。
朝九時ツバメにのる。同行する筈の檀君は仕事がおくれて不参。私の座席は展望車であるから考えごとには不向きであったが、檀君の席があいていたので、助かった。考えだすと気ちがいじみてしまう。様子を見にきた小林君は驚いて逃げて行った。
大阪へつくと大雪。実は東京がさらに大雪だった由であるが、そういうこととは知らないから雪を呪いつつ未知の大阪をうろついて、ようやく自動車をひろって、読売支社へ。それから京家へ落ちついたが、結局大阪でたった一軒静かな旅館だというここへ泊ったことは幸運であった。しかし京家には甚しく迷惑をかけた。
なんしろ私は仕事にとりかかってしまうと気違いじみてしまうのです。奥湯河原の「かまた」という旅館でも、まだ仕事が終らぬうちに仕事が終ったとききちがえたオヤジが仕事完成の挨拶にノコノコやってきて、私の雷のような罵倒をうけて飛上ッて逃げたことがあった。人間はハッと思うと飛上って振りむいて一目散に走るらしいや。飛び上ること、ふりむくこと、走ること、この三ツが同時に行われているものだね。私の女房も、旅館の女中も、私が仕事をはじめると薄氷をふむ思いになるらしく、みんな部屋へはいるとき、ひきつッた顔でオドオドしているのである。なれてる女房や女中でも、私の様子がガラリと変るから、それにつれて自然そうなるのだもの、何も知らない京家の女中が蒼くなったのは当然であろう。仕事の性質にもよるが、捕物帳という奴はつまらぬ仕事のくせに、ぬきさしならぬ構成に要するメンミツな思考力注意力が常にはたらいていなければならぬから、殺気立つようになりやすいや。ハタは迷惑だが仕方がない。
私は自分のそういう時の顔を見たわけではないから知らないが、人があんなにオドオドするところを見ると、どんな悪相なの
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