ませんよ。ただ思いだすと、すくむのです。絶望するのです」
「狂人ではないと思いこんでいますか」
「むろん、そうです。ボクは平凡な、むしろ無能者にちかい平凡人です。もう悪いことすらできないような無能者なんです。ですから、せめて罪のお詫びだけしておきたかったのです」
「ずいぶん汗がでてますね。駈けたんですか」
「いえ。お詫びしたいために、こんな風に汗がでてくるのです。つまり、それほど、ケダモノの手に苦しんでいるのでしょうね」
婦人科学者は分りましたというようにうなずいた。そしてしばらく考えている様子であった。観察が終ったせいか、ケンビ鏡の筋金がほぐれて、ロイド眼鏡にいくらか女の情感がこもってきたようであった。水木由子は顔を和げた。そして女医サンが子供の患者にさとすようにやさしく云った。
「アナタの手はケダモノの手じゃなかったわ。とても立派な男の手だったのよ。だから私、手クビの痛いのが、とてもうれしかったわ。あくる朝、目がさめてからも、まだ痛いでしょう。うれしかったのよ。うっとりと、手の痛みを味わったのよ」
「許して下さるんですね」
「むろんですとも。もともと怒っていないのですもの。うっと
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