れませんが、この機会にお詫びせずにいられなかったのです。ボクはアナタの手を握ったことで苦しんでいます。そのボクの手が毛だらけのケダモノの手に見えるのです。これほど絶望的なことはありません」
水木由子のロイド眼鏡に筋金がはいってピンとはりきったような感じがした。つまり松夫の話の途中から、彼女は女ではなくなって、心理学者に変ったのである。眼は学者のものになりロイド眼鏡と一つになってケンビ鏡のように冷徹に哀れな生物を観察しはじめたのである。
「いつから、そう見えるんですか」
「アナタの手を握った翌日か、翌々日ぐらいからです。ボクは翌日約束の場所――いえ、アナタがケダモノをだますために仰有《おっしゃ》ったのですが、ボクはその場所へ行きましてアナタの姿が見えないので、それで次第に自分がケダモノにすぎないということに気がついたのですが、しかし、ボクは誰に対しても再びあのような失礼は犯さないつもりです。しかし、アナタの手を握ったケダモノの手はあの時以来、また永遠に消えないのです。こうして、お詫びしても消えないかも知れません」
「目に見えるのですか」
「まさか。ボクは狂人ではないのです。幻視ではあり
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